×

豊かさが循環する
活かし合うつながり

宮城県仙台市、枝豆をメインに野菜農家を営む田代氏。
市街地から車でわずか30分ほどの農園は、住宅街や大型スーパー・飲食店も多い都市近郊の七北田川沿いにある。

品種や肥料にこだわる田代農園の野菜は、野菜のえぐみや苦味などのクセがなく、大人から子どもまで食べやすいと好評。フレッシュな香りや甘味はフルーツのようで、野菜が嫌いな子が喜んでまるかじりすることも。

そんな田代農園の畑には、出荷先の人たちが日頃からたびたび顔を出す。
訪れた日も、ちょうど野菜を取りにきたシェフと出くわした。

「仙台はちょっと行けば畑があって生産者が居て漁師がいる、それが僕たちの一番のストロングポイント。
畑と海と土の近くにいないと料理が美味しくならないような気がします。語れる何かもあるし。
想いがちょっと料理に乗るんですよ、生産者の気持ちも。
生産者の見えない野菜を使うより、田代くんの顔を見てきた方が美味しくなる、そういうものなんです。」

話をしてくれたのは仙台駅に隣接するシティホテル「ホテルメトロポリタン仙台」の小畑 圭介シェフ。海山の食に恵まれた宮城の地産地消料理にこだわるホテルのレストラン料理長だ。

今回の取材を通して見えてきたのは、つくり手と買い手、食べてくれる人たちが信頼と敬意を寄せ合う素晴らしい関係。
お金には変えられない人とのつながりの中に、心も経済も自然に、豊かに循環していくヒントがたくさんあった。

#1食べてびっくりする野菜

びっくりする野菜をつくりたい

12月初頭、雨が上がり今年一番の冷え込みだという今日、仙台市泉区を流れる七北田(ななきた)川流域の畑からは、遠くの山々に雪が積もっているのが見える。

河川敷のようなこのエリアでは昔から農業が盛んだった。田代氏は祖父の代から受け継いだ農地で野菜を育てている。
湧き水の地下水が通り、露地栽培では珍しく灌水設備が整っているため、夏は畑ごとについている蛇口から使い放題の水が出る。
近年、気候変動によって雨が降らず農作物が枯れてしまう被害が増加傾向の中、とても恵まれた環境だという。

田代農園では「枝豆」をメインに、その他数種類の野菜を季節ごとに育てている。
訪れた日はこの時期ならではの冬野菜「ちぢみほうれん草」「サラダかぶ」「もものすけ(赤色サラダかぶ)」「人参」が収穫期を迎えていた。
春はここ一面が枝豆になるのだという。

「食べて、びっくりする野菜」をつくりたいと言う田代氏は、畑を回りながら、一つ一つの野菜へのこだわりを嬉しそうに紹介してくれた。

驚く甘さのちぢみほうれん草

まずは「ちぢみほうれん草」のエリアへ。
スーパーでよく見かける茎の長いタイプと違い、茎が短く肉厚で弾力のある葉は、その名前の通り縮んでいる。
少しでも日光に多く当たろうと、地面に張り付くように成長するちぢみほうれん草は、寒気にさらされることにより葉がどんどん縮んで厚みが増し、そして甘くなっていく。

種まきは9月の下旬頃から2週間おきに行い、順番に収穫をしていく。種をまく時期が遅いものほど気温が低い環境下で育つことになり、より美味しくなるのだという。
植物は低温になると寒さに耐えるため、養分濃度を高めて自らを凍りにくくする性質を持ち、水分よりも糖分を蓄えていくので甘みが増すのだ。

ちぎりたてをいただくと、その甘さにびっくりした。取材スタッフからは「甘い!」「ほうれん草とは思えない」と、驚きの言葉が口をついて出る。

雪の降る仙台では、水分に弱いほうれん草を、管理しやすいハウス栽培で育てることを選ぶ農家も多い。
しかし田代氏はリスクをかけても露地栽培によって寒気にさらすことで求めている味わいを目指す。

12月初頭、朝に霜が降りたちぢみほうれん草。寒気にさらされることで、ちぢみが増し、糖分・養分を蓄えた肉厚な葉になってゆく。

フレッシュでフルーティーな人参

優しいオレンジ色のとれたての人参は香り高くみずみずしい。クセがなく甘くて爽やかな味わい。

「種屋さんに直接お願いして取り寄せてもらってる品種です。人参って土臭いじゃないですか。それが全くないんです。甘くなりやすいのでサラダやジュースにも適してます。
実は人参好きじゃないんですよ、独特のクセがありますよね、だから自分が食べれる人参をつくってるんです。
野菜農家だけど野菜が嫌いって言うと「えっ!?農家なのに?」て驚かれるんですけどね(笑)。」

人気商品の人参は注文量が多く出荷が追いついていないのだそう。人参が食べられなかったという娘さんや息子さんも、田代氏の人参なら生でも喜んでかじりつくほど。

もものすけとサラダかぶ

見た目も名前もユニークな「もものすけ」は皮が赤く中はほんのりとピンク色のサラダかぶ。

「子どもに出す時は、皮は全部剥かずに、りんごみたいに切ってあげるんですよ。」

野菜が苦手な子どもたちも、フルーツのようなかぶを自分で剥くことで好奇心が湧き、楽しんで食べることができる。

もうひとつの白い小ぶりなサラダかぶは、田代氏が特に気に入っている品種。
昔ながらの品種で、病気に対して抵抗性をもたないため栽培がとても難しくつくる農家が減っているが「これは別格に美味しいから。辛味がなくて食べやすいから。」と、この品種を選ぶ。

いただくと、生で食べると辛いイメージのあったかぶが甘い。柔らかくみずみずしい食感は柿を思い出させる。

ほうれん草、人参、サラダかぶ、田代氏のつくる野菜は、どれも「野菜ってこんなに甘いの?」「フルーツのよう!」と、先入観が覆されるような驚きがあった。

「自分が食べて美味しいというのも重要なんですけど、子どもが食べてくれる野菜って言うんですかね 。今野菜が嫌いな子どもも多いので臭みが少ない人参をつくってみたり、もものすけやサラダかぶのような面白そうなものをつくってみたり。
なるべく子どもが食べやすいような野菜づくりを心がけてます。」

濃いピンク色の皮が印象的なもものすけ。包丁で切込みを入れると綺麗に剥くことができる。中の白くてジューシーな果肉は生のままサラダにおすすめ。

食べたい野菜をイメージする

田代氏の野菜づくりは、イメージ通りの品種選びから始まる。

「野菜をつくる時って、先に「こういう人参がつくりたい」というのがあって「じゃぁ何の品種がいいかな?」っていうところから入るんです。例えば人参臭くない人参をつくりたいというのから始まって、そこから甘さも出したいとなると、さっき紹介した「綾誉(あやほまれ)」っていう品種がベストだったんです。なので、これ以上のものが出てきたらやっぱりそっちにチェンジします。

枝豆は味が濃く、さやが大きくて甘みが強い品種を選んでます。何個かつくって食べてみて、毎年1個チャレンジ品種をつくるんですよ。基本的な品種はこれだっていうのはある程度決めて、そこにチャレンジ品種も1つ加えて、つくって美味しければそれにチェンジします。」

同じ野菜であっても品種によって味わいは大きく異なる。
昔から、この品種が美味しいと聞くとまずはつくってみるのだという。

「味へのこだわりが人一倍強いと思います。
ただ、売れないといけないので妥協したこともあります。以前つくっていた「赤根ほうれんそう」はすごく甘くて糖度20度ぐらいになる。シェフたちにもすごく喜ばれたんですけどスーパーでは売れないんです。

山形だと伝統野菜だから一般的なんですけど、仙台ではあまりポピュラーじゃなかったみたいで。消費者の方は見慣れないのでどう調理したらいいか分からなかったのか。
それで去年たまたま「ちぢみほうれん草」の種をもらって、試作でつくったら糖度も出てすごく美味しくて、売り出しも良かったんで今は「ちぢみほうれん草」をつくってます。」

美味しいものをつくるための妥協しないこだわり、そして売り場で求められることに対応していく柔軟さ、両方を持って野菜づくりに向き合っている。