#4課題とメッセージ
農業法人が抱える課題
「農業を8時間労働でするということ。サラリーマン農業の実現が課題です。
法人経営になると労働基準法が付随してくるため、1日8時間までという労働時間についての規制が出てきます。しかし農業を1日8時間でするのは、広島から青森に一輪車で向かってくださいって言われてるようなもの(笑)。難しいことだと思います。
植物は何もしゃべらないけれど、語ってくれる場面が1日の中で2箇所だけあります。
太陽が昇る前と沈んだ後の表情が教えてくれることがある。その両方の表情を見て初めて分かることがあるんですが、それは8時間ではおさまらない。フレックス制を導入し出社時間を朝と夕方に分けて管理したり、シフトを組むことはできますが、そのような働き方ができる人は少ない。」
作業が自然条件に左右され、対象が生物である農業は、8時間労働にしたくても一般的に労働時間の管理そのものが難しく、労働基準法をあてはめることが難しい。それを法人としてどのように成り立たせるのか。
なかなか答えの出ない課題を、多くの農業法人経営者たちも同様に抱えているという。
佐藤氏は、話の中でも常に経営を成り立たせないといけないということ、従業員が笑顔で働き続けられる職場づくりのことを口にしていた。
理想の農産物を栽培するためにやりたい農業と、従業員に十分な給与を支払いながら企業の経営を維持していくために稼ぐこと、そのどちらも叶えていくことの難しさが伺える。
農業を目指す方へ
「農業が好きで、どんなに辛い状態でも家族が食べていければ良い、例えば売上から経費を差し引いて年収70万円ぐらいでも良い、経営が地域経済にまで影響しない小規模なもので良いという方の新規就農なら応援します。
でも、新規就農の目的が「家族経営」で「稼ぐこと」だったなら応援できないです。それは簡単なことではないから。
なぜかと言うと、「農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)」という新規就農者の方に150万円を5年間助成する国の事業がありますが、8万人の方が貰って5年後に農業を辞めた人が6万人いる。農業をやってみたけどやっぱりだめだったって。そして青森県は新規就農して5年目の人の平均所得が70万円なんです。7年で平均140万円で、250万円稼げている人が24%しかいない。自然栽培や有機農業に対して美しいイメージをもって就農を希望される方もいますが、作って売るということ、経済の三本柱である生産・販売・経営の3つをやるということは、それだけきついんです。(注1)
年収200万円以上を目指すなら農業法人などに就職する「雇用就農」か、跡取りがいない人達とリタイアする人たちの農地を引き継ぐ「第三者事業承継」というのを勧めます。」
注1)取材時(2020年)のデータ
消費者へのメッセージ
「食の意識を大事にしてほしい。いただきますの意味も分かってほしい。エシカル消費という言葉が流行っていますが、その費用が対価として相応かということですね。
例えば有機肥料の「バイオノ有機s」を高いと思って手が伸びない農家がいます。それはなぜかというと、使ってもそれに見合う売り上げにならないのでコストをかけられないからです。経営のためにはどうしてもやめられないという除草剤の使用もあります。
だけど、農家がやることに見合う適正な労働対価があれば、または消費者がダメなものを買わないような社会であったなら、農家は無農薬や肥料を全部有機にして、体にいいものばかり供給していける。
有機農産物を手間をかけてつくっても、(普通の)一般的な農産物と同じ価格でしか売れない農家がいっぱいいます。でも本当にいい農産物をこだわって作っている人達は評価されていくべきだと思うんです。
日本の食料自給率はカロリーベースで40%を切っています。ということは、食べている物の6割が外国産なわけです。地域内で循環していくように地元で採れたものを地元で消費していくことが大切だと思います。
政治の話も関係してくるので、例えばお米が青森県で余っていても、外国との関係があって輸入するということもある。それは仕方がないことですが、消費者の意識が変わってくれば、僕らももっと地球にやさしい農業をすることができる、頑張っている農家の応援につながる。
消費者の意識が国の土だと思うので、地域の人と食育を勉強することも土づくりだと思っています。」
最後に
「取り組みが多すぎるんです。」と笑う佐藤氏の“地域のための農業”は、身近な人の抱える問題を自分事として捉え、課題化し解決していくものだった。
消費者や従業員、地域の人たちが笑顔になれるように、そして地域や地球の持続可能な未来のために、多様な価値観を受け入れる佐藤氏の姿勢には、「自然」が教えてくれたことが息づいていたように思う。そしてひとりの人が世界に影響できる可能性を示してくれていた。
佐藤氏のたくさんの話を伝えるにはまだ及ばないが、夢を持ち生きていくために、取材を通して大切なことを教えてもらった。
当たり前だったことが当たり前ではなくなるような、移ろいやすい困難な時代だからこそ、いつも新しい気持ちで物事と向き合い、「どのようにあるのが理想なのか」「誰をどうしたいのか」を思い描いていきたい。偏る見方をするのではなく、バランスや柔軟さを大切にしたいと思う。
これからの夢を尋ねると「何歳になっても向き合った人をワクワクさせたい。」と話す佐藤氏の前に広がる世界は、私たちの前に広がる世界とつながっている。私たち一人ひとりが、この世界を構成する一部であるという意識と責任のもとに他者や世界と向き合い動けたなら、地域はもっと良くなっていくだろう。
佐藤 拓郎Takuro Sato
- 1981年生まれ。6代目の農家として黒石市に産まれる。高校卒業と同時に家業に就農。高校時代からバンド活動を始め、16歳から毎月行ってきたイベント企画を通じて経営感覚を習得。農業・音楽・芸能・講演など様々な形で自分発信するマルチな農音楽家。2017年には株式会社アグリーンハートを創業し、『笑顔農業・感謝農業』を掲げ、地域のファーストコールカンパニーを目指している。
- 株式会社アグリーンハート
- 「GLOBAL G.A.P.」「有機JAS」「ノウフクJAS」取得
- 公式サイト DAITADESICA フロム青森
- 青森県黒石市
- 米、アスパラ、にんにく、雪室じゃがいも、蕎麦、大豆など
筆者のプロフィール
- cotonoah
- デザイン、webディレクション、ライティングなどをしています。
大成農材株式会社との出会いをきっかけに農業や有機肥料の素晴らしさ、食の大切さに触れ、伝える方法を模索中。
あとがき
佐藤拓郎さんと、農業の今について未来について話をしていると、農業の話ではあるがまさに経営の話だなと思い、何度も胸が熱くなりました。
今の世の中の課題と向き合い、より良い方向へ変えていく。
その想いを強く持つことの大切さ、また行動(実行)していく大切さ。
そして何より佐藤さんの優しさを改めて感じる取材でした。
佐藤さんありがとうございました。
大成農材株式会社 代表取締役社長 杉浦 朗