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家族のための農業から地域のための農業へ。
まずは誰に何を届けたいのか?

米農家の6代目。2つの会社の代表取締役でありシンガーソングライター・黒石市観光大使・食育を伝える講師・テレビやラジオでのタレント活動など、様々な顔を持つ佐藤氏。その多彩な取り組みに驚かされる。

2017年には生まれ育った青森県黒石市に農業法人「アグリーンハート」を立ち上げ、現在14名のスタッフと共に事業に取り組んでいる。

訪れた2月末、農家にとっては農繁期と比べると落ち着いていると言われる冬の時期だが、佐藤氏の忙しさは年中変わらない。朝は早く4時20分には出社し、メールの確認や書類作りなどを行い、社員が来ると作業指示を出す。畑が大好きだと言われるが人材育成をはじめ事業計画やマネジメント、社外活動など農作業以外の業務も多くあり仕事が終わるのは冬は18時、農繁期の秋は24時と相当な長時間労働になる。それでも、「次の日のことを思うと楽しみで寝られないし目が覚めちゃうんです」と笑顔で話す。多忙な業務時間中の取材にも和やかな空気で応じてくれた。

取材の間、佐藤氏は「地域のための農業」という言葉を何度も口にした。そして、「農業」は「夢や目的」のためにあるので「夢や目的」が変わればその方法はいくらでも変えていく、そして農業を通して取り組んでいることは「人づくり」だという。

彼が考える「地域のための農業」とはどんな農業か、農業だからこそ成し得ること、農業の持つ力とはどのようなものだろう。そんな問いへの答えを探すべく、現在の取り組みやこれまでの経緯について話を聴いた。

#1スマート農業と有機農業

コスト削減と品質の向上を
両立させる挑戦。

アグリーンハートは、スマート技術を取り入れた「低コストで大規模な生産」と有機農業による「付加価値を高める生産」という2つのビジネスモデルを実践している。
この2つのモデルは一見異なる価値観のように感じられた。しかし話を聴いていくうちに、地域や企業の課題解決と持続可能性を考えた時、共に欠かせないものだと気づかされることになった。

取材時、まず紹介してくれたのは国内最先端の技術で行うドローン直播。直播とは、水田に「育てた苗」を植える従来の方法に対し、水田に直接種をまいていく栽培方法だ。
米の栽培の過程は、育苗(いくびょう)、田植え、生育、収穫と大きく4つの段階に分かれるが、「直播」にすることで、育苗と田植えの工程を省くことができる。この「直播」という方法をドローンで実現することにより、さらに効率的に稲作の大規模化・低コスト化・省力化が可能になると注目されている。
通常の田植え機と比較すると、ドローンには田植え機のような大型機械の移動や作業後の洗浄の工程や作業中のぬかるみによる事故のリスクなどがないこと、育苗に必要な施設のための土地と建設も不要になることから非常にコストカットになる。佐藤氏はその上、品質向上にもつながるという。

ドローン直播では種をしっかり土に打ち込むため鳥や虫に食べられる心配や稲穂が倒れる心配が少なく、人が手で行うより安定した発芽が可能になる。また、温暖化の影響で出穂期が早まり米の「胴割れ」などが問題視されている今、種から育てることで出穂期を遅らせることができ、品質低下を防げるのだそうだ。

「しかもめちゃめちゃ美味しいんです。まだ解明されてないけれど稲と稲を密着させると美味しいんですよ。
お米の栽培って、水位の管理などが上手い人だと一粒の種から50本ぐらい分けつ(ぶんけつ)させることがきる。しかし分けつする前の親穂(おやほ)が一番タンパク質の含有量が低いので、分けつさせると種の量は少なくてすむけれど食味が落ちやすいというデメリットもあるんです。」

アグリーンハートではドローン直播により最初から種を多く撒くことで、分けつさせなくても収量を確保し、結果、親穂を育てることでより美味しい米づくりにつなげている。田んぼの管理経験が浅いスタッフでも、収量を確保しながら品質向上をも叶えるという経営方針だ。

60ヘクタールの田んぼのうち43ヘクタールに直播を導入しており、経営面積の約7割を直播にすることはめずらしく奇抜な形態、冒険しますねと言われることも多いそうだが、青森県産業技術センターで毎年蓄積されているデータからの判断だという。客観的なデータに基づいた取り組みは冒険ではなく、トライ・アンド・エラーを恐れない挑戦なのだ。

誰でも簡単にできる農業。

「スマート農業って=(イコール)ロボット農業というイメージが強いと思うんですがそれだけじゃなくて、すごいのは、農業をはじめて1年目の人も間違わずに田んぼを管理していけるような技術など、データ化された情報をもとに、40年農業をやってきた人でも、新規就農者でも、誰がやっても同じクオリティーの仕事ができるってことなんです。」

ドローン直播の他にもスマートフォンで水位を管理できるシステムや、日々の作業記録をデジタル化し離れた現場のスタッフへ遠隔で指示を出すアプリなど、積極的に取り入れているスマート技術を紹介してくれた。管理のため倉庫内の温度を1時間おきに記録し続け、基準値に合わせてアラートを出すというセンシングプログラムはスタッフが自作したという。

情報の見える化が進んでいる事例として、AIとスマートグラスを組み合わせ、グラスをかけて農産物を見ると被害を及ぼす病害虫や雑草の予防と対策を導き出し表示する技術も紹介してくれた。

「そこにドローンを加えれば、何もしなくても農産物を見るだけでドローンがやってきて害虫対策をして帰るということも可能になる。今ある技術を組み合わせるだけでも様々な未来が見えてきませんか?」

佐藤氏は農家の仕事について「生産」「経営」「販売」の3つが必要であるという。その中の「生産」は、毎年違う気候に向き合いながら行うため、ベテラン農家でも一生答えが出ないと言われているほど難しい。それに加えて、「経営」「販売」もしていかなければならない。
「ベテラン農家は、普通の人がもう辿り着けない特殊技術を持っていて、あなたじゃないと生計が成り立たないという経営をされている。そうするとその人がいなくなったら地域農業は守っていけない。
誰でも簡単にできる農業でこれからの地域はつくっていくべきだと思うので、そこでスマート農業っていうのは絶対に必要なものだと思っています。」

担い手不足が進む農業界では、個人に依存した生産技術を誰もが簡単にシェアできるものにし、未経験者でも安定した品質と収量の農産物を生産できるようにすることが求められている。

そのために大きな可能性をもつスマート農業だが、使いこなすには「本当に現場を助けることは何か?」と課題に気付ける想像力、あってよかったと思える技術の実用化こそが重要なのだろう。佐藤氏らの自らセンシング機器を開発する姿勢は心強く、希望を感じるものだった。

スマート農業をめぐるうごき

農林水産省は、「スマート農業」を「ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業」のこととし、生産現場の課題を先端技術で解決する農業と伝えている。

日本の農業の現場では、人手に頼る作業や熟練者でなければできない作業が多く、省力化、人手の確保、負担の軽減が重要な課題となっている。そこで、日本の農業技術に「先端技術」を駆使した「スマート農業」を活用することにより、農作業における省力・軽労化を進める事が出来るとともに、新規就農者の確保や栽培技術力の継承等が期待されている。

また、スマート農業は当初、「生産性の向上」と「生産量の増大」という2つの柱のもとに推進され、そこから生まれてきたのがロボット田植え機やロボットコンバインのようなロボット技術だった。それは、人手に頼っている重労働の機械化・自動化を果たし、高齢化や人手不足が問題になっている現場で省力で安定した品質の生産を可能にするものだった。しかし、中小規模の農家が簡単に導入できる実用的な価格ではなかったため「省力化」と「持続可能性」を踏まえた方向へとシフトしてきているという。

参考:

有機農業をはじめたきっかけ。

スマート技術の導入によりコスト削減や生産性の向上はかる一方で、力を入れている有機農業。

経営とも結びつく有機農業は、化学肥料や農薬を使用せず環境にやさしい農業をするためでもある。佐藤氏にとっては、人に対して安心・安全が当たり前になってくると地球環境にどれだけ配慮しているかということが、やりたい農業の価値軸になるという。

そのように考えるようになったのは、母親が癌を患い抗がん剤の恐ろしさと、抗がん剤に匹敵する有機農産物の可能性やエネルギーを知ったことから。また、親戚や友人が障害者なったことをきっかけに、近年、障害者が増えている原因を探す中、参加したセミナーや文献を通じ、障害や少子化などの要因に化学肥料や農薬、遺伝子組み換え技術などの影響が疑われていると知ったからだった。

アグリーンハートの有機農業の取り組みは、黒石市の耕作放棄地の再生、農福連携と6次産業化、作り手の情報発信、食育活動など様々。
農福連携は、障害者になった身近な人たちの生きがいや仕事を、農業によって生み出せないかと考えた結果。障害者でも取り組みやすく、農産物のフードロスをなくすこともできる冷凍加工会社を新たに立ち上げた。有機農産物を加工することで商品の付加価値を高め、賃金引き上げにもつなげている。

同社は環境にも配慮した認証、GLOBAL G.A.P(注1)、 有機 JAS(注2)、ノウフクJAS(注3)の3つを取得している国内で唯一の農業法人でもある。

プロセスが価値になる。
つくる人も食べる人もうれしい関係。

新たな有機農業の取り組みとして、2020年に青森県黒石市と東京・世田谷区代田の人々を繋げるプロジェクト「だいたんぼプロジェクト」をスタートさせた。代田の人々専用(会員制)の自然栽培の田んぼを、青森県黒石市につくることで、お米をつくる人と食べる人が繋がり、ずっと続く関係を目指す。
会員制で出資してもらい、まずはクルーになってもらう。クルーには特典として「だいたんぼアプリ」を用いて日々の田んぼの様子を送り、田植や除草・稲刈りなど要の作業は動画にしてYouTubeで配信、現地で農業体験の受け入れ、秋の収穫後の新米3升(4.5kg)をクルーの名前を印字したパッケージで贈呈するうえ、専用の田んぼで採れたお米は会員価格で販売する。
万が一、都内で食料調達が難しくなった場合、優先的に食料を販売するという特典もある。

「半農半Xという言葉があるように、今東京には週末だけ農業をやりたいけどできないという人がたくさんいる。しかもその人達がやりたいのは有機農業なんですよ。だからその気持ちを集めて私たちが農作業を代行する。するとクルーたちは、青森の田んぼで私が作った米なんだと知人にあげるような展開も起こしていきます。クルーたちは米というよりそういった特典に魅力を感じて買ってくれているので、お米が採れなかったらごめんねって伝えてる、だから最高のビジネスモデルなんです。」

アグリーンハートでは、黒石市の農家が減ったことで担わなければならない農地が増えてきたが、資本が追いつかないという問題を抱えていた。「だいたんぼプロジェクト」はその問題を、米そのものだけでなく米ができるプロセスやプロジェクトのコンセプトに価値を感じてくれた人たちからの出資によって解決するものであり、農水省関係者からも「新しいリスクシェアのかたち」として高く評価されている。

「世田谷代田に黒石市の生産基盤を作るイメージです。現場が見えて自分の田んぼだと思えると満足度が高まる。農産物を食べた人が感動して笑顔になったり、そこから始まる物語ってあるじゃないですか。それも良いと思うのですが、さらに自分が作ったと思えると、もう根本から物語が構成されるんで正直味は関係なくなるんです。“自分ごと化”しちゃってるので絶対美味しい。」

消費者自身にも生産過程に参加してもらうことで、つくる人と食べる人の代わりのきかない関係がつくられていく。世田谷代田には、選りすぐりの新鮮な青森食材を届けるアグリーンハート直営のお店「DAITA DESICAフロム青森」もオープンし、地域の人たちとの交流の場となっている。

バイオノ有機s・エキタン有機は
全国の菌の餌になる。

佐藤氏の「農福連携」や「だいたんぼプロジェクト」の取り組みには、経営者と従業員、生産者と消費者、双方の課題を解決しどちらにもメリットがある、持続可能な関係が構築されていた。
このように経営の主軸にもなっている有機農業を学びはじめた頃、信頼する知人に「すごく良い肥料だから試しに使ってみな。」と分けてもらったのが大成農材の有機肥料「バイオノ有機s」だった。

「庭に置いていたら僕の愛犬がめちゃくちゃ食べてたんですよ。これはいい肥料だ、食べられるんだと思って。実際に使ってみた1年目、一番初めの感動がすごく大きかったです。お米が甘くって。」

その後、元肥と追肥として8年間使用を続けている。就農当時は化学肥料や農薬を使用する慣行栽培を行なっていた佐藤氏は「バイオノ有機s」について、慣行栽培から自然栽培や有機栽培に移行する転換期に特に重要な資材になるという。転換期の2〜3年間、土壌の菌の餌として「バイオノ有機s」を与え、ある程度菌ができてきたら量を減らしていくという使い方だ。

有機農業で良い作物を作るには、菌が活発に活動することのできる土づくりが大切だとされる。その菌は土着菌と言い、地域によって性質が異なるが、全国のどんな菌にとっても最高の餌になるのが「バイオノ有機s」の原料であるフィッシュソリュブルのアミノ酸、タンパク質なのだという。今後の雪国での稲作において、液肥で即効性のある「エキタン有機」への期待も高い。

「今、国では有機農業を推進しています。
これからの有機農業において、雪が降る前のほ場(ほじょう)に菌やアミノ酸を散布して藁の分解を促し、冬のうちに微生物が活躍できる土づくりをしようという動きが増えてくると思うんです。
その時の微生物の餌として、ペレット状(固形)の「バイオノ有機s」だと撒くと鳥に食べられてしまうので、藁にまとわりつく液体のアミノ酸資材が凄く重要。

さらに、青森のように秋の気温が低い地域において、雪が降るまでの短い時間で来年に繋げる土づくりをするためには、液肥で即効性のある「エキタン有機」が欠かせない存在になってくると感じています。」

自分がやるべき農業を探している。

アグリーンハートでは、農産物の提供先となる企業や消費者それぞれの需要に合わせて特別栽培や自然栽培・有機農業を行いながら、よりよい農業を模索し続けている。

自然栽培は、農薬・肥料に頼らず自然の力・植物と土が本来持つ力を引き出す持続可能な農業。例えば、国で安全だと認められている農薬はもちろん肥料も堆肥も一切使用しない農法と言われているが、現在佐藤氏が可能性を感じているのは、自然栽培の過程にも有機肥料を用いる農法だった。

そもそも彼が自然栽培に注目したのは、「安全」や「環境」の面からだけでなく「何も使わないなら誰でも簡単に農業ができるんじゃないか?」と思ったことからだった。
そして、実際に農薬も肥料も堆肥も使わず「自然栽培」を5年実践した結果、農産物の栄養価が標準よりも下がってしまった項目があったのだそうだ。その理由は育苗の時、「自然栽培」の場合は養分が含まれた川の水を利用しなければならないが、アグリーンハートでは田んぼの規模が大きいためハウスで地下水を利用していることが考えられる。地下水では養分が足りず健全な苗を育てることは難しい。

「野菜の栄養価をつくるには、植物の成長に必要な栄養素を適期に適量で補ってあげる必要がありました。植物が育つのをケアするだけで自然栽培は成り立ちますが、僕が目指したい農産物とは違った。僕は野菜本来の美味しさや栄養価を持った健康な農産物がつくりたい。そのためには、やはり土壌の菌の餌になる有機の力が重要で「バイオノ有機s」や「エキタン有機」のアミノ酸やタンパク質というのが絶対に必要なんじゃないかと今考えているんです。」

昨年からすでに、育苗や作終わりの堆肥づくりの過程において「エキタン有機」を使った試験栽培をはじめている。

自然栽培は農薬・肥料を使用する農法に比べて、健康や環境に良い反面、温暖多雨な日本の気候では雑草や病害虫の発生リスクが高く、苦労は大きく収量は低いと言われることもある。
そのような難点を持つ農法に対し、佐藤氏の「何も使わないなら誰でも簡単に農業ができるんじゃないか?」という視点は、ものごとの新しい側面に目を向けさせてくれるものだった。

アグリーンハートでは「本当においしい」「安心・安全」「地球環境にやさしい」そしてさらに「栄養成分にまでこだわった健康な農産物をつくる」そんな農業を誰もができるようにする方法を構築中なのだ。

有機農業をめぐるうごき

有機化学の分野において植物が有機を吸うことが解明されたのは2004年。今徐々に、長い間未解明だった土壌中や野菜の中で起きていることが、可視化されてきているという。解明が進むことは、土壌中で不足している養分の特定が可能になり、必要な量だけ補う施肥で農産物を栽培することにつながる。これにより、環境にやさしく持続可能な農業への貢献も期待される。(過剰な施肥による栄養過多は農産物にも環境にも悪影響を及ぼすと考えられる)

また、現在流通している農産物の栄養価が昔と比べ1/10〜1/5の量に減ってしまっているというデータがある。
そのような状況下、栄養価の高い野菜を薬の代わりに摂取しようとする国内外の動きや、本来の栄養価の高い農産物をつくれる栽培技術を、経験と勘だけに頼らず科学的・論理的に考察し安定生産を目指す動きもある。

参考: