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生きてること自体を楽しむ。
農業という選択。

大分県の西部、玖珠郡九重町(注1)
町の中央部には玖珠川が東西に走り、標高1700メートル級の名峰連なるくじゅう連山(注2)の麓にある。
温泉や湧水、滝など豊富な水資源に恵まれ、豊かな自然環境の中での登山、キャンプ、スキーなど、アウトドア・レジャーを楽しむ観光客も多い。

今回取材させていただいた高倉氏は、この街で生まれ育ち、20歳で農業を始めて15年目を迎える。

大玉トマトの夏秋栽培を行う彼は、春から秋にかけて集中して仕事をし、冬は趣味を楽しむ。
そんなメリハリのあるライフスタイルを実現できる農業にはまっているという。

「農家になったのは本当にたまたま、運が良かったんです」と口にする高倉氏の話には農業の魅力はもちろん、人生の転機でチャンスを掴み、自分らしく、心地よく生きていくための大切なヒントがたくさんあった。

(注1)(注2)注1) 玖珠郡九重町(くすぐんここのえまち)
  • 大分県の西部地域、内陸山地型気候に属し、1年を通して寒暖の変化が大きい。高い山が連なるため、夏は夕立や雷雨、冬は冬日が続き、九州としては比較的積雪も多くなっている。多様な気候、標高差など、地域の特性を活かしたトマト・白ねぎ・いちご・ピーマンなどの園芸、畜産、米、豊かな森林資源を活かした木材生産、しいたけの産地づくりなどが進めれている。
  • “大分県農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する基本方針(PDF)”.大分県ホームページ.
注2) くじゅう連山

#1夏秋栽培

冷涼な気候を活かした夏秋栽培
ゆっくり育つと美味しくなる

取材に訪れた6月末、大分県では山の木々、田畑、庭先の植物たちの美しい緑の景色が広がっていた。
高倉氏の農園は九重町の山間に佇む宝泉寺温泉近く、山道を抜けたところにある。
山からの恵まれた水、水捌けの良い土に恵まれたこの場所で大玉トマトを栽培している。

九重町は、九州でもやや北部に位置する高原地帯で、冷涼な気候を活かしたトマトの「夏秋(かしゅう)栽培」の産地としても歴史が長い。
「夏秋栽培」とは、文字通り初夏から晩秋まで収穫する作型で、夏場に比較的涼しい場所が産地の中心となる。

トマトは低温でゆっくり育つことでよりおいしくなるのだそう。
一般的に夏場は気温が上がり生育が早くなるが、標高が高い高倉氏の農園では、冷涼な気候の元ゆっくり育てることができる。そして、秋にはもっともおいしくなる。

「夏野菜と言われるのは基本的に秋が美味しいんですよ。 9月末から10月、11月頃。夏は気温が高くて生育が早いので味があまり乗らないんですけど、気温が下がって生育がゆっくりになると、その分、実の方にも養分が行き届くのでしっかり味もついてくるんです。寒暖差のストレスがかかるとまたさらに食味が上がってきたりもする。
なので夏野菜は是非秋に食べてください!ただ秋は値段が高いんですけどね。笑」

食卓でもおなじみのトマトは夏が旬のイメージがあるが、実は日本の夏の気温は高すぎるらしい。
調べると、トマトの原産地はアンデス地方高地。その気候は、赤道地帯に位置するので一年を通してあたたかいが、高地なので暑すぎず涼しい山風が吹く。雨が少なく強い日差しと昼夜の寒暖差が特徴的。

日本での産地も原産地の気候に似て、暑い夏は北日本の寒冷地や各地の高冷地へ、寒い冬は温暖な地へと時期によって移動していく傾向があるのだそう。

季節を問わず、いつでも店頭で手に入れることができるトマト。その理由は、異なる地域で時期ごとに適した栽培方法が開発されているからなのだ。

小さな変化に目を配る、日々の仕事

農園に到着し案内されたハウスに入ると、まだ色付く前の実と、青く茂った葉のみずみずしい香りが空間に満ちていた。

この日は梅雨時期の気まぐれな天気。
嵐のような風と強い雨が、降っては止んでを繰り返していた。

管理しているハウスは12棟、面積でいうと40a。(10aは10m×100m=1,000㎡)
繁忙期である収穫シーズンは父と母の助けを借りながらだが、日々の手入れは全て1人で行っている。
等間隔に、綺麗に揃った支柱や誘引テープひとつひとつからは高倉氏の丁寧な仕事が伺える。

7月からの収穫シーズンを前に、今時期は朝方の着果促進の作業、そして茎や枝を支柱に留めていく「誘引」、脇芽や実を間引く「芽かき」「摘果」など、梅雨時期ならではの手入れに勤める。
「芽かき」「摘果」というのは、不要な芽や実を間引くことで養分の分散を防ぎ、樹勢をしっかり維持していくための作業。収穫シーズンの前半、実の数をコントロールすることで、後半にもより良い実を収穫することを心掛けている。

朝夕は、葉の先端にある生長点の色の変化や、巻き具合などの状況を見ながら水や肥料の段取りを行う。
葉の先端をチェックする高倉氏は見るポイントを教えてくれた。

「朝方はかなり淡い色になります。日中は下から養分を吸い上げ、その量が適正だと夕方になると濃い色に変わっていくんですね。
水を欲しがる時はめっちゃ上を向く。葉っぱがサインを出してくれるんです。
ただ、全部が一緒の成長をしてくれないのもまた難しいところなんです。一箇所に合わせられないので、どこかを基準にしてやっていくしかない。」

肥料を欲しがった時に適正な供給量を与えられているかどうかも大切なことだという。
日々の手入れや使う資材によって、実の張り艶も変わってくる。

「人間に例えると欲しいものを与えなかったら栄養失調になるじゃないですか。トマトもそれと一緒なんですよね。農作物全般的に、人間に置き換えて考えると単純で、何をすべきかが分かりやすいかなと思います。」

トマトの状況と気候に合わせて
自分が動いていく

夏秋栽培の1年の仕事は、3月の土づくりから始まり、収穫シーズンの7月〜霜が降りる11月末頃まで続く。
作中は、春先の強風や梅雨、秋雨、台風など、一年の中でも特に気候変化の目まぐるしい時期に重なる上、近年は気温上昇や強弱の激しい雨など想定外のことも多い。

気候の変動を読むことはとても難しい。 トマトも天候も、現場では常に変化し続ける。1ヶ月後、2ヶ月後、収穫時期、その先にある将来は理想の状態のために今何をするべきなのか?
高倉氏は一度の判断にとらわれることなく、一瞬一瞬新しい気持ちで、いつも目の前の状況に向き合っているようだった。
そして日々続く農作業の前後には、見渡す限りのトマトの樹、一本一本に目を配る時間があり、小さな変化も見逃さないよう心がけることが、なによりもまず大切な仕事なのだ。

「うまくいっていると思っても一瞬なんですよね。ワンシーズン通してうまくいったことは多分過去一度もないと思う。その時のトマトの状況と気候に合わせて自分が動いていかないと。
自然には逆らえないので、不意にイレギュラーなことが入ってきた時に、いかにどこを妥協しながら回すか、その辺の組み立て方がやっぱり大変だなと思います。人間の都合でトマトは育ってくれないし待ってくれない、生きているから。」

肯定して逆らわずに
生きてること自体を楽しむ

「農業はリアル人生ゲーム」

高倉氏が農業をしながら、気づいたら使うようになっていた言葉。
生きるか死ぬか、農業は毎年勝負。1日で、一瞬にして状況が変わることもある。

過去には度々ピンチの状況があった。
今までで一番大変だったのは、まさかの水路崩壊のエピソード。
2016年、熊本地震の時にこの地域の水路が崩落して水が来なくなり、普段の仕事にプラスして散水車で川まで水を汲みに行く作業を毎日、4ヶ月間続けた。

夏場は水を多くやらないといけない、トマトの成長も早いので手入れも頻繁にしないといけない、収穫もある。仕事に追われ、これまでで一番忙しかった。同時に水の大切さを改めて感じた出来事だったと振り返る。

「今って蛇口をひねれば水が出るじゃないですか。
当たり前だと思っていたことがそうじゃないんだなって、本当に良い勉強になりました。
真面目にだけやってると被害にあった時のダメージも大きいので、僕は深く考えず何か起きたら起きた時だと思ってるんですよ。

否定してもしょうがないので、もう肯定して逆らわずに生きていく。やっぱり生きていること自体を楽しむ方がいい。」

農業をしていると、思いもよらない被害を受けることや想定外のアクシデントが起こることがあるように、生きていると良いことだけではなく悪いこともある。
高倉氏はどんな時も、起きた出来事をそのまま自分の人生に受け入れ、大変なことも感謝の気持ちと学びに変えていく。

「気持ちの切り替えが多分相当早いんです。もう過去は戻ってこないんで、何があってもすぐに気持ちを切り替えてその先を考えますね。その方が先に繋がるので。」

夏と秋に一年分稼いで、冬は休む
夏秋栽培農家のライフスタイル

夏秋産地では、夏と秋に一年分稼ぎ、冬は長期休暇をとる農家が多いという。
高倉氏も夏と秋はしっかり仕事をし、冬は車中泊で遠出をしたり、キャンプをしながら釣りに行くなど自由気ままな生活を送っている。

「一年を通してメンタルを維持していくためには遊びも必要。そこでリフレッシュして仕事に打ち込めるように、うまく調整しています。
休日が定期的にあるよりも、まとまってポンと休んで、またガッツリ仕事をするっていう方が自分のメンタルにはすごい合ってるのかなって思います。」

自営業なので、一年のペース配分は自分で考え決めることができる。
さらに繁忙期と閑散期のメリハリをつけることのできる夏秋栽培農家のライフスタイルは、自分自身を良い状態に運び、より良い仕事をすることへとつなげてくれている。

栽培の工夫
とらわれないアイディア

今では長期冬休みを過ごすようになった高倉氏だが、就農当時は冬もバイトをするなど年中働いていた。
どのような工夫をして収益を伸ばし、今のような理想のライフスタイルに至ったのだろうか?

「正直その頃は工夫っていうよりも、ただがむしゃらにやってたって感じなんです。
必ずしも良い結果に繋がるかは分からないんですが、こうやったらこうなるんじゃないか?って試行錯誤しながら。それになんとか結果がついてきた。
そして年数を重ねてずっと続けていたら「このやり方はこれで正しいんだ」って今頃になってようやく分かってきたところです。」

例えばハウスの仕様や使う資材、手入れのタイミングにも高倉氏ならではの工夫がある。
その一つは、効率が良くコストもかからないという「定植後にハウスにサイドビニールを張る」というもの。

一般的にサイドビニールは張らないことが多いが、高倉氏は張ったうえで天井を開けておくのがベストだという。
ビニールのおかげで適度な保温効果があり、暑くなりすぎる場合も熱は天井から抜けていくため、ハウスを締め切ったまま放置していてもトマトは生育することができるのだそう。

また、梅雨が明ける頃にはビニールをサイドの隙間に挟み込んで持ち上げ、通気性を良くしている。
少し手間はかかるが、そうすると風が強い日にはビニールが自然に落ちるため防風効果もある。
風の影響を受けないと実に傷が入りにくいというメリットもあるのだ。

高倉氏がはじめたこの方法が、今では九重町のあちこちに普及している。

その他にも、台木や品種の選択、芽摘みのタイミングなど「どうすれば味も形も良い実を、良い状態で収穫できるのか?」考えながらの工夫を重ね、これまでにトマト部会の秀品率部門の賞も2度受賞している。

「多分本当は駄目なんですけど、僕は芽摘みのタイミングとかすごい早いと思います。仕事は1箇所が遅れると全体的に後手に回ってしまうので、できる時にできることをきっちりする、常に先手先手っていうのは意識して仕事をしてますね。」